楽園喪失

脳と直結(徒歩1分)

20230708

美輪明宏が回想した三島由紀夫との交流の記事を見て面白く、もっと見たいな~と思って主に戦後から1971年までの丸山明宏(美輪明宏)や、三島由紀夫や中村八大等、日本の音楽やお芝居等で活躍した人々同士の関わりや人生をまとめた本を買った。

恥ずかしながら三島由紀夫の本を読んだことがなく最期の事件の印象で、ずっとそういう事を書いてた作家なのかと思っていたので、そうじゃないようだし、人間的なところチャーミングなところに驚いたし魅力的に感じた。

 

ヨイトマケの唄について、当時はまだ世間的には当事者ごとであり、さらに数年後は懐かしさを感じるものとして、さらに後には身近なものでなくても、無償の愛を感じる曲として紅白を観た若者にも衝撃を与え、インターネットでも大変盛り上がった、という流れがあって、今までちゃんと聞いたことなかったので聴いてみてめちゃくちゃ良くて涙ジワりした。

今は本当に良くてライブラリにも入れたんだけど、この時の紅白、当時私もリアルタイムで観てたのに、その時は全然良さが分からなくて、しかも聞いて分からなかったんならまだしも、なんだかネットで話題になってるぞ、母の愛らしいぞ、という情報だけ見て、皆センスの良さをアピールしたくて分かったつもりしてるんでしょと謎の愚かさを発揮し、目の前で曲が流れてるのに何も感情なく曲調も頭に残さず仕舞で終わったの、本当に馬鹿で浅はかで嫌。

本の中で、「芸術作品はそれだけで芸術になるのではなく、受けとる側の感受性や芸術性があって芸術になる」という言葉が何度か出てくるんだけど、まさにそういうことだよな…と思う。

情緒の溢れる作品が分からない癖に流行りの作品は薄っぺらいと文句をつけ、ネットで話題ってことは流行りだから薄っぺらい家族愛だ!と判断したんだろうと思うけど、自分で物を考えられない頭の悪さ、そして自分の情緒のなさで良い事が分からないだけなのにそれに感動できる人を攻撃する無知さが思い返すと本当に嫌で、今はせめて自分で見たものは自分で良かったかどうか考えようという気持ちで過ごしているが、どうだか…。

自分の、情緒的なものを理解する力が低い事が昔も今もコンプレックスで、昔はそれを自覚してなかったから羨ましくてあらゆるよい物や人を見下していたんだろうな…と思う。

10代~20代前半くらいでの感受性豊かな時に情緒面を受け取る力を作らず下地がないものを、今更どうにもならない気もしているけど、今からでもなんとかなると思わないとやってらんないので色々読んだり見たりして、教養を身に着けたいね…。

余談なんだけど、描いた漫画に頂く感想で、本当だ、言われてみると確かに…!と思う素敵な感想がしばしばあるので、そこでも自分の情緒の貧しさを感じていつも有難い気持ちです。

読んでくれる人の読む力が凄くてスゲーっていつも思う。

ありがとう…。